「あなたはお父さんに感謝しておられますか?」
恒子「えっ?父ですか?それは・・・もちろん・・・感謝していますよ・・・。どうしてですか?そんなこと・・・。」
蘭堂「お父さんに対して、どこか・・・許せない。そういう思いをお持ちなのではないかと・・・。」
恒子はこの「許せない。」という言葉が引っかかった。確かに私は父を許していない。
親として感謝はしているが、好きにはなれなかった。今までは結婚以来、盆暮れには顔を出すが、父としてろくに口を聞いたことはない。思えば、高校時代から他人行儀にしてきたことを恒子は思い出していた。
恒子「私は・・・父を許していないと思います・・・。」
蘭堂「そうなのですか・・・。じゃあ今日はここまでにして・・・最後にひとつ、もし何の役に立てなかったらごめんなさい。なにかやってみませんか?あなた自身が。」
恒子「私の今の悩みが、本当に主人や父に関係しているのでしょうか???」
蘭堂「それは・・・やってみたらわかるはずです。」
恒子「わかりました。私、やります。何をやればいいですか?」
蘭堂「では、今から言うことをやってみてください。お父さんに対する許せない感情を、思う存分紙に書いてみてください。怒りをぶつけるような文章で、バカヤローやコノヤロー、ダイキライ、なんでもOKです。具体的な出来事を思い出したら、そのことも書いてください。あのときこんな気持ちだったと恨みつらみをすべて文字にして書き連ねて下さい。気が済むまで・・・書き終わったらお電話下さい。」
恒子は、そのことが息子の問題解決に役立つとは信じられなかった。しかし、疑ってばかりで何もしないよりは、可能性があるならやってみようと思った。息子の役に立つことならなんでもしてみようと思った。それに、蘭堂のやり方に根拠はないけれど、何か魅力を感じた。
恒子は、さっそくレポート用紙に向かって、思いつくまま書き始めた。
恒子が自分の子供の頃、なにかと口やかましい父だった。夕食が説教の時間だった。
子供が自分の思うとおりにならないと大声で怒鳴る父だった。
「お父さんは、私の気持ちなんかわかっていない。」
お酒を飲んだとき、仕事の愚痴を聞くのも嫌だった。建設現場の監督をしていた父の、砂や泥で汚れたまま帰ってきて、そのまま食事をする父に腹が立った。
恒子は思いつくまま文章にした。気がつくと父に対して、「あんたなんか親の資格なんてない。」と過激な言葉が並んでいた。
あのときのことを思い出した。高校生の頃、クラスメイトの男子とデートをしたときのことである。2人で歩いているところをたまたま父に見つかった。両親には女友達と遊ぶと言っていたから、父はそのウソが許せなかった。
「親にウソをつくような後ろめたいつき合いをしているのか!お前はろくな女にはならん!」と散々に言われた。
思い出しているうちに、涙があふれた。
「お父さんがそんな性格だから、ウソもつきたくなるでしょ・・・。自分に原因があることも知らないで、私がどんなに傷ついたかも知らないでしょ・・・。あなたこそ、ろくな親じゃない・・・。あれから私はあなたに心を閉ざしたのよ;;自業自得よ;;」
恒子は涙が止まらなかった。
気がつくと、2時間も経っていた。
思いっきり泣いたせいで、気持ちが随分軽くなっている自分にびっくりした。
次の日、恒子は蘭堂へ電話をかけた。
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